マキャベリズム

“非人道的な行為も「より良い統治の為になら」許される” マキャベリ

 

「マキャベリズム」とは

この思想からは、「良きリーダーになるため」の重要な示唆を得ることができる。

イタリア、ルネサンス期の政治思想家、ニッコロ・マキャベリは、リーダーは民衆から、恐れられる存在であるべきだ、としている。

マキャベリズムとは、人間は誰もが自己利益の追求という原理に従って行動することから、君主は合理的に判断・行動するべきだという思想である。

 

本当の政治哲学

この思想は往々にして、少々誤解を招くことがある。わかりやすい例として「マキャベリはなんて恐ろしい思想をもっているんだ、血も涙もないではないか」という誤解である。

確かに、マキャベリは、「目的の為なら手段を選ばずに行動せよ」と述べている。しかしこの思想の本質は、ただ恐れられ、傲慢で冷酷に振る舞えば良いというものではない。

 大きな集団で動く時には必ずと言っていいほど意見や価値観の衝突が生まれ、アクションが停滞する。意見や価値観は、議論のテーマになることができず、時間だけが浪費される。意見をまとめたり、妥協点を探ることも一つの手ではあるが、そのような時間を生んでしまうと、結局は集団に対する不利益を生むことになる。

つまり、集団をより良く円滑にすすめる際には、感情よりも目的に沿った合理的な意思決定をする際に必要とされるのが、絶対的な君主の存在だ、ということである。つまり「合理」と「道徳」がぶつかり合う時には、「合理を優先させよ」それが最終的には全体の利益に繋がるということだ。

マキャベリの掲げるリーダー像は根本として、全てのことがゆくゆくは国家の為になるということを前提としている。つまり、マキャベリズムが適正に実行されるためには、君主自身の考え方も同時に必要となる。国家、人民の本質的な利益を考え、プロセスを構築できる君主(リーダー)になることが求められる。

マキャベリは国家の繁栄が最優先だと考える。国家(集団)を統治する者は「安全の確保」に努めるべきである。そのためには、道徳性などに縛られてはいけない。目的が手段を正当化する。『君主論』の中で、君主に必要なのは人民に愛されることよりも、恐れられることだ、としている。その場合でも、人民は君主を嫌うわけではない。

 

まとめ

マキャベリの『君主論』からは、集団をまとめ、円滑に目的を達成させる術を学ぶことができる。自ら恐れられる存在となり、感情の優先順位を下げることで、目的達成型の集団を作り上げることができるのである。リーダーとして必要な資質は、恐れられる、そして信頼されることである。

 

Thank you.

 

 

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